ハライチ岩井のトークは錬金術
以前、ハライチ・岩井勇気のすごさについて書いた。
「腐り芸人」としてフィーチャーされ若干話題になったものの未だブレイクしたとは言い難い岩井だが、ラジオ『ハライチのターン!』を聴いていたら「岩井のトークはやっぱりすごい」と思ったのでそれについて書こう。
ここでいう「岩井のトーク」は主に『ハライチのターン』のフリートークゾーンで岩井が話すエピソードトークのことだ。
エピソードトークの3つの要素
岩井に触れる前に一般的な話をしたい。
ロバート秋山の天才っぷりについて書いたときに、創作活動は「入力」「処理」「出力」の3つのフェーズに分かれると書いた。
これに当てはめると、エピソードトークは、
- 題材(入力)
- 構成(処理)
- 話し方(出力)
という3つの要素に分解できる。
題材
まずは「題材」。話の元になった出来事である。
一般人の鉄板おもしろ話みたいなのはだいたい題材自体がおもしろい話だ。
幼少時の特殊な境遇などをネタにした話を得意とする者は芸人にも多い。貧乏話とか。
題材が優れている話は強烈におもしろいが、それを話す人の他の話が同じくらいおもしろい保証はない。ミラクルな出来事にたまたま遭遇しただけということもあり得る。
かといって、話したくなるような出来事に出会うために必要なのは運だけではない。
よく言われているように「棚からぼたもち」の恩恵を受けることができるのは「ぼたもちのある棚」の下にいる者だけ。おもしろい題材の話をいくつも持っている人はただ運がいいだけではなく、それ相応の準備をしているはずだ。
例えば、笑福亭鶴瓶はオープンマインドな姿勢で「ぼたもちのある棚」の下に自らを導いているように見える。それもひとつの能力といえるかもしれない。
構成
次は「構成」。題材を元にどのように話を組み立てるか、というところ。
ポイントは2つ。
- 取捨選択
- 順序
である。
取捨選択を間違えると「今のくだり必要?」となり、順序を間違えると「オチを先に言うなよ」となる。(これはあくまでも例で、オチを最後に持ってくるのが常に正しいわけではない)
トークだけでなく小論文などの文章においても同様だが、事実を論理的に整然と並べるだけでなく、そこにいかに自分の考えや感情、すなわち題材に対する解釈をプラスするか、ということも重要だろう。
話し方
最後は「話し方」。声に出す部分。
まったく同じ台本を話したとしても面白さに差が出るのは「話し方」が違うから。
噛まずにスラスラと話すという最低限のラインから、話の内容に合わせて、抑揚、テンポ、声の大きさなど、さまざまな要素をチューニングしていく。
ジャンルが異なるが、例えば稲川淳二の怪談。「題材」「構成」も優れているが、あの独特の雰囲気を醸し出しているのは一流の「話し方」だ。
トーク力=題材のおもしろさを増幅させる力
トークを3つの要素「題材」「構成」「話し方」に分解した。
上に書いたように面白い「題材」に出会うのは一つの才能であるが、「題材」が面白い話は誰がしてもそれなりに面白い。
トークの力量という意味で、
題材のおもしろさを増幅させる力
を「トーク力」と定義したい。
「話し方」(話術)だけでなく「構成」のスキル・センスも含めた力である。
例えば小藪一豊。
エピソードトークの祭典ともいえる『人志松本のすべらない話』常連組の中で私が一番好きなのが小藪だ。好き嫌いは分かれると思うが小籔のトーク力は一級品だと思う。
最近だと「オーベルジーヌ」の話(『人志松本のすべらない話』2018年1月20日)。
「何度頼んでもスタッフがオーベルジーヌ(出前カレー)を発注しない」という題材自体も奇妙で興味を引くが、無駄のない構成と語り口によって面白さが何倍にも増幅されている。
小籔のように「もし自分が同じ経験をしてもこんなに面白い話はできないな」と思わせてくれる人が私にとっての「トーク力が高い人」だ。
ここではテーマに合わせて「おもしろさ」と定義したが、しょうもない品物(題材)の魅力を増幅させるセールスマンもトーク力に長けているといえる。
岩井のトークの真髄
前置きが長くなってしまった。ハライチ岩井の話をしよう。
「題材のおもしろさを増幅させる力」を「トーク力」と定義した。
自分で勝手に定義した言葉で分析するのはルール違反な気がしてきたが、せっかくここまで書いたので続けさせていただきたい。
この定義で考えると岩井の「トーク力」は異常である。
岩井のトークが他の芸人に比べて桁違いにおもしろいから、ではない。岩井のトークの題材があまりにもありふれているからだ。
おもしろさを数値化して式で表すと以下のようなイメージになる。
- 他の芸人
- 10(題材)× 10(トーク力)=100
- 岩井
- 1(題材)× 100(トーク力)=100
誤解を避けるために書いておくと、岩井が他の芸人の題材を元に話したからといって面白さ1000になるとは限らない。
恐らく岩井はありふれた題材を元にトークを膨らますのが得意なのであって、もともと面白い題材を同じ割合で面白くすることができるかというとそれはまた別の能力が求められるだろう。
そういう意味では他の芸人と岩井との違いは優劣というよりは方向性の違いといったほうが適切かもしれない。
その方向性の違いにこそ岩井のトークの真髄が隠れているように思う。
なんでもないような出来事からおもしろトークを生み出す男、それが岩井勇気なのだ。
…
ちなみに岩井のトークの中には題材自体がおもしろいものもたくさんある。
例えば『ハライチのターン』の前身番組『デブッタンテ』の記念すべき初回(2017年4月5日)で語られた名作「コントラバス」は岩井が遭遇したまさかの出来事についての話だ。
『ハライチのターン』過去回で振り返る岩井のトーク
『ハライチのターン』過去回を具体例として岩井のトークを振り返ってみよう。
それぞれ放送日を検索ワードとした動画検索へのリンクを貼っておく。その意味は察してほしい。書き起こしサイトみたいなのもあるが、文字だと本来のおもしろさが伝わらないと思うのでぜひ音声で聴いてみていただきたい。
ラジオ局スタッフの皆様におかれましてはぜひとも公式で過去のアーカイブにアクセスする手段を整えていただけると幸いです。
岩井のフリートークゾーンは番組後半。
ダーク石ちゃん
知り合いの社長に誘われた船上パーティーでホンジャマカ石塚似の色黒の男に出会った話。『ハライチのターン』2017年4月6日。
この話は題材自体がある程度スペシャルな出来事だ。「ホンジャマカ石塚似の色黒の男」というだけで聞く人は興味を持ってくれるだろう。
このような真っ当なエピソードトークにも岩井のトーク力は発揮されている。
「ホンジャマカ石塚似の色黒の男」を「ダーク石ちゃん」というパワーワードで表現するセンス。そして、誰も知らない「ダーク石ちゃん」のモノマネに説得力をもたせるスキル。
お見事、という感じだ。
職務質問とチョコボール
愛車セルシオのダッシュボードにチョコボールの銀のエンゼルを入れていたときに職務質問された話。『ハライチのターン』2017年11月16日。
題材は職務質問。
職質は非日常体験ではあるが誰の身にも起こり得ることだ。「ダーク石ちゃん」に比べるとありふれた出来事である。
警察官の対応も普通で、それだけ聞くと特に面白い話ではない。
岩井はこのなんでもない職質に「ダッシュボードに入れてあったチョコボールの銀のエンゼル」というスパイスを加えて最高に面白いトークを仕立て上げる。
職質もチョコボールも単体ではなにも面白くない。それを岩井が混ぜ合わせて再構成することで一気に面白くなる。これこそが岩井のトーク力だ。
裏の世界
普段通らない道を通ってスーパーに買い物に行ったら裏の世界に迷い込んだ話。『ハライチのターン』2017年8月10日。
この話はすごい。
「裏の世界」とか言っているが、実際は近所のスーパーに買い物に行っただけの話。面白い要素は一つもなく、職質のように非日常ですらない。ただの日常である。
あなたは「近所のスーパーに買い物に行ったこと」を題材におもしろい話をすることができるだろうか。
私にはできない。普通はできない。だが、岩井はそれをやってのける。
「ほとんど妄想(創作)じゃねえか」と言ってしまえばそれまでだが、虚実を交えた話を創り出せるのも高いスキルとセンスがあればこそ。
題材のおもしろさを増幅させる力をトーク力と定義したが、ゼロには何をかけてもゼロのまま。題材のおもしろさがゼロならば、それはもはや増幅ではなく創造といえる。
岩井のトーク力は異常であり異質なのだ。
蛇足〜『ガキの使い』ハガキトークとの類似性
蛇足ながら付け加えておくと、「裏の世界」のようなタイプの岩井のトークは妄想・創作の色が強いという点で、往年の『ガキの使い』フリートークのハガキコーナー(ハガキトーク)での松本人志のトークに近い印象を受ける。
違いは『ガキの使い』のハガキトークが「質問に対する答え」というある種の大喜利であったのに対し、岩井のトークはあくまでも「こういうことがあってね…」というエピソードトークの体裁を保っていること。
大喜利の答えや漫才・コントのネタになるような妄想・創作のエッセンスをエピソードトークに加えられるのが岩井のすごさだと思う。
ハライチ岩井は現代の錬金術師
古代より人間は鉄などの卑金属を金などの貴金属に変化させようと試みてきた。
錬金術だ。
科学の発展により錬金術は不可能だということが分かった。金は金の原子からなるもので他の原子から変換させることは出来ないからだ(核分裂とかそういうことはここでは考えない)。
…さて、賢明な読者ならお気づきであろう。
岩井はおもしろ原子がない話をおもしろくすることができる。
そう、岩井のトークは錬金術であり、岩井は現代に蘇った錬金術師なのである…。
おわり。