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ハライチはM-1グランプリに出場し続けてほしかった

ハライチ、さらば青春の光、相席スタートの新ネタ披露ライブ「デルタホース」(2018年8月31日)のエンディングトークで、ハライチが2018年のM-1グランプリに出場しないことをサラッと発表した。自分も客席で観ていたが、場内が静かにざわついた。

当然ながら、出る出ないは本人たちの自由。不参加という選択をしたハライチの(というか岩井の)思いを尊重したいが、いちファンとしてはハライチにはM-1グランプリに出続けてほしかった……という話を書きたい。

(2018年12月3日追記)
M-1グランプリ2018の感想はコチラ。

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岩井少年が卒業アルバムに書いた夢は「M-1優勝」

岩井本人の口から語られることはないものの、岩井のM-1に対する思いは強い。

どれくらい強いかというと、卒業アルバムに「M-1グランプリ』優勝」と書いていたというほど。

2010年以来の決勝となるハライチは「『M-1グランプリ』優勝と卒業アルバムに書いた」という相方・岩井のため、「岩井少年に嘘をつかせるわけにはいかないです」と澤部が気合い。
決勝進出者 記者会見リポート│日程・結果│M-1グランプリ2015 公式サイト

2009年からM-1の休止期間をはさんで2016年まで4大会連続で決勝に進出(2017年は準決勝・敗者復活戦で敗退)するなど、実績も十分だったのに、なぜ2018年は不参加という道を選んだのか。

「新しさ」と「うまさ」

うまい漫才をやってもしょうがない

デルタホースのエンディングトークの中で岩井がつぶやいた言葉がこれ。

「うまい漫才をやってもしょうがない」

岩井は2016年の時点で6位に終わったM-1を振り返って「古典落語の大会に創作落語で出てるような感じがした」と話している(『ハライチのターン』2016年12月8日)。

自分が目指す漫才とM-1で認められる漫才の差を感じていたことが2018年の不参加を決めた理由の一つなのは間違いないだろう。

ナイツ・塙が語るM-1グランプリの変化

ナイツの塙がM-1についてのインタビューで、まさしくそのことについて語っている。

塙: M-1がいったん終了したことを受け、11年から14年までフジテレビ系列が放送していた漫才コンテスト『THE MANZAI』は、芸歴の制限はなかったじゃないですか。だから『THE MANZAI』が漫才師の力量自体を評価していたというのはわかるんです。でもM-1が復活したことで『THE MANZAI』がなくなり、そのM-1が芸歴15年目以内と延長措置をとったことで、結局は、M-1が『THE MANZAI』に代わってうまさを競うコンテストになってしまった感がある。
関東芸人はなぜM-1で勝てないのか?【第2回】 – 集英社新書プラス

芸歴の延長に加えて、中川家・礼二や大吉先生のような「うまさ」を評価する審査員が増えたことも「うまい」芸人が勝ちやすくなった理由のひとつだろう。

厳密には、礼二は「うまい漫才」というよりも自分の中に確固たる「理想の漫才像」があって、それに合致するネタを評価しているように見える。

大吉先生は「うまさ」だけを基準にしているわけではなく総合的に判断しているがゆえに相対的に「新しさ」の重要度が低い。2017年のM-1後の自身のラジオのポッドキャストで審査基準を細かく説明していた。

一方、「新しさ」を求めているのがダウンタウン・松本人志。再び塙のインタビューから。

塙: 先ほどM-1がうまさを競う大会になりつつあるという話をしましたが、松本さんだけはずっとぶれてない。M-1の定義は、新ネタ発表会だと思ってるんですよ。新しいことをやらないと意味がないと。だから、他の審査員と1年ぐらい評価のズレがあるんです。06年に優勝したチュートリアルのネタも、05年の時点で、すでに松本さんはものすごく高く評価していた。1年経って、そこにうまさが出てくると他の審査員も追随するようになる。
関東芸人はなぜM-1で勝てないのか?【第2回】 – Page 3 – 集英社新書プラス

「評価が1年ずれている」というのは松本本人がラジオ『放送室』で2006年くらいに話していた記憶がある。

蛇足ながら書いておくと「松本さんだけはずっとぶれてない」というのは言い過ぎで、2010年はラストイヤーの笑い飯に対する情が明らかに見えていた。

「笑いの総量」と「笑いのピーク」

「新しさ」と「うまさ」に関連して「笑いの総量」と「笑いのピーク」のどちらを重視するか、というのも変化しているように思う。

近年のM-1では「いかに手数を多くするか」ということに目が向いている感がある。

塙: 僕の中で「うねり」って呼んでいる現象があるんです。要するに、客席が爆発する感じです。M―1は、うねるかうねらないかなんです。
関東芸人はなぜM-1で勝てないのか?【第2回】 – Page 3 – 集英社新書プラス

塙は「M-1はうねるかうねらないか」だと言っているが、爆発的な「うねり」よりもはじめから終わりまでコンスタントに笑わせるネタ(とそのコンビ)のほうが上位にランクインしがちだ。

ハライチの漫才は比較的静かな立ち上がりのものが多く、岩井はそういった面でも評価基準に違和感を覚えていたのかも知れない。

優勝できなくても記憶には残る

記憶に残る伝説のネタたち

「新しさ」か「うまさ」か。笑いの「総量」か「ピーク」か。

尺度は人それぞれだ。「M-1は新しい笑いを評価すべき!」というのが絶対的に正しいわけではない。

礼二が確固たる信念に従って評価するのは間違っていないし、大吉先生は「好みの問題にしたくないからこそ総合的に判断している」とラジオで言っていた。

ただ、確実に言えるのは、人々の記憶に残るのは「新しい」ネタのほうだということ。これは多くのお笑いファンに共通した認識なのではないだろうか。

今でも「ああ、あれね」と思い出せるであろう伝説的なネタの数々。

  • 2003年: 笑い飯「奈良県立歴史民俗博物館」
  • 2005年: チュートリアル 「バーベキュー」
  • 2009年: 笑い飯 「鳥人」
  • 20017年: ジャルジャル「ピンポンパンゲーム」

これらのネタを披露したコンビはいずれもその年の優勝者ではない。一番おもしろいネタをしたコンビが優勝するわけではないのだ。

優勝を目指さないほうがいい

何度も申し訳ないが、塙のインタビューを再び引用したい。

塙: 芸人にとって一番よくないのは、コンテストのことを意識し過ぎて、自分の持ち味を見失ってしまうことですから。コンテストはモチベーションの一つにはなりますが、そのためにやっているわけではない。僕は何組もの若手に「M-1は優勝を目指さないほうがいいよ」ってアドバイスをしたんです。心からそう思えるようになったとき、初めて自分らしさが出ますから。
関東芸人はなぜM-1で勝てないのか?【第1回】 – Page 2 – 集英社新書プラス

優勝しなくてもインパクトを残すことはできる。

優勝どころか、決勝にすら行けなくても語り継がれるネタはある。例えばナイツが2015年の敗者復活戦で披露した「おら東京さ行くだ」。ハライチの2017年の敗者復活戦のネタも長尺の沈黙を含む挑戦的なものだった(半ばヤケクソだっただけかもしれないけど)。

最も注目される場で渾身のネタを披露してほしい

「M-1優勝」と卒業アルバムに書いていた人間に、外野から「優勝を目指さなくてもいいから出場しろ」というのはとても失礼なことかもしれない。それでも、M-1グランプリという最も注目される場でネタを披露する機会を手放すのはもったいないと思う。

実は2018年9月2日時点でジャルジャルも2018年大会に出場するかどうかが明らかになっていない(公式サイトにエントリー情報が掲載されていない)。

ジャルジャルが2017年のあのネタで「もうやり切った」と感じて不参加を決めたのなら納得できるが、ハライチは完全燃焼したとは思えない。

(2018年10月20日追記)
しっかりエントリーしてました。2018年10月20日時点で準々決勝進出。

ハライチは2005年結成。2020年までは出場資格があるはず。「デルタホース」のエンディングでも「今年(2018年)は出ない」と言っていただけで、「来年も出ない」とは言っていなかった。

2020年にお笑いクーデターを起こすことをもくろんでいるイワーイ。

お笑いクーデターのフィナーレを飾るのは、年末のM-1で、渾身の、入魂の、衝撃のネタを披露すること以外にないだろう。

十代はいつか終わる。生きていればすぐ終わる。

M-1にもいつか出られなくなる。コンビを続けていればすぐ出られなくなる。

ピリオドを打つのは「もうこれ以上ない」というネタをぶっ放したあとでもいいのではないか。

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