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『水曜日のダウンタウン』演出・藤井健太郎の悪意とこだわり

TBS『水曜日のダウンタウン』や『クイズ正解は一年後』などの演出・プロデュースを務める藤井健太郎。「地獄の軍団」を率いて強烈な個性を放つ番組をつくるテレビマンだ。

そんな藤井健太郎が書いた本『悪意とこだわりの演出術』。

悪意とこだわりの演出術
藤井 健太郎
双葉社
売り上げランキング: 23,264

演出術というタイトルだが、演出にとどまらない仕事に対する姿勢・考え方が語られている。また、これまで手がけた番組の裏話もたっぷりなので、藤井健太郎ファンなら必読の内容。

感想を書きたい。(敬称略)

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藤井健太郎とは

藤井健太郎のプロフィールは以下の通り。

  • 1980年生まれ
  • 東京都出身
  • 立教大学卒業
  • 趣味は音楽と格闘技

2003年TBSの制作部門(TBSエンタテインメント)に入社し、以降テレビ番組制作に携わる。現在は『水曜日のダウンタウン』の演出を務めている。

ツイッターでたまに番組の裏話をつぶやいている。こちらも必見。

これまでの担当番組

本書第2章では「藤井健太郎 全仕事」と題され、これまで企画・演出を手掛けた番組が本人のコメントとともに網羅されている。(クイズ☆スター名鑑は本書の発売以降の番組なので取り上げられていない)

  • 限度ヲ知レ
  • キリウリ
  • クイズ☆タレント名鑑
  • テベ・コンヒーロ
  • あるあるJAPAN
  • Kiss My Fake
  • クイズ☆正解は一年後
  • 水曜日のダウンタウン
  • クイズ☆アナタの記憶
  • チーム有吉
  • 有吉弘行のドッ喜利王
  • 芸人キャノンボール

悪意

番組中に松本人志ら出演者から「悪意あるな〜」とたびたび言われるように、藤井健太郎のつくる番組あるいは藤井健太郎本人を形容する言葉といえば「悪意」。

本書『悪意とこだわりの演出術』のタイトルにもなっている「悪意」だが、本人は自身の番組作りに悪意があるとは思っていないと語っている。

おもしろさを突き詰めて考え抜いた結果

悪意がある(ように感じる)ナレーションや編集はあくまでも番組を面白くするための手段であって目的ではない。

中村昌也を「串カツ野郎」と呼んだのも、素材をなんとか面白くしようと考えた結果であり、悪口を言いたかったわけではないという。

「考えて時間をかけたぶんだけ番組は面白くなると思っています」(P10)と語っているように、何よりも優先されるのは面白さであり、それだけを突き詰めて考え抜いている。視聴者が感じる「悪意」は真摯に仕事に取り組んだ結果にほかならない。

奥底に潜む悪意

が、本人に自覚があるかないかは置いておいて、結果として出来上がったものに悪意を感じてしまうのも事実。

「笑いにアプローチする手段として得意なのがそういうパターンなんだと思います」(P31)というように、パーソナリティとして悪意のかけらが隠れているのは間違いないだろう。

頑張って仕事をして番組を面白くしようとすればするほど悪意が滲み出てしまう。藤井健太郎は、近づけば近づくほど愛する相手を傷つけてしまうシザーハンズのような悲しきモンスターなのだ。…この例えは違うかもしれないな。

ちなみに、自身の中に悪意が潜んでいることはあとがきで認めている。

考えることといえば悪意のあることばかり、やってきたことといえば悪意のあることばかりでした。

恥ずかしいです!悪意は僕の中にありました!
P222

例えば、今や『水曜日のダウンタウン』でもおなじみとなった安田大サーカス・クロちゃんへの目隠し。

2015年の特番『チーム有吉』ではじめて登場したこの「クロちゃんへの目隠し」を藤井健太郎は「突然思いついた」(P129)という。

クロちゃんに目隠しをして連れてくれば絶対に面白くなる、なんてことを思いつく人間に悪意がないわけがないよね。

こだわり

「悪意」と並んでタイトルになっているのが「こだわり」。

「神は細部に宿る」というが、藤井健太郎がつくる番組にはありとあらゆる細部に神が宿りまくっている。

デザイン

藤井健太郎が手がける番組は、個々の番組ごとの統一感はもちろん、すべての番組を通して似た雰囲気を醸し出している。

これは藤井健太郎のデザイン、アートワークに対するこだわりのあらわれ。パッと観たときに目に入る画面のデザインが藤井健太郎のフィルターを通したものになっているため、共通のテイストが感じられるのだ。

番組以外にもそのこだわりは発揮されている。この本の装丁も『水曜日のダウンタウン』と同じくODDJOBが担当。表紙を見れば、「藤井健太郎」という名前を知らなくても、『水曜日のダウンタウン』と関係ある本なのかな、とすぐに分かるデザイン。

悪意とこだわりの演出術

もちろん、DVDのパッケージも同様。

水曜日のダウンタウン1 [DVD]

『水曜日のダウンタウン』では様々な説が検証される。笑いに振り切ったものから教養番組でやってもよさそうなものまで振り幅があるのに一貫性が損なわれないのは、すべてが「〜説」というフォーマットに落とし込まれていることと、画面のデザインのトーン&マナーが統一されていることが理由だろう。

番組開始当初からそのデザインがほとんど変わっていないのもすごい。まさに「こだわり」を感じる。

余談だが、久しぶりに『モヤモヤさまぁ~ず』を見返していたら、初期のころから現在に至るまでデザインのフォーマットがほとんど変わっていなくて感心した。

音楽

「趣味は音楽」とプロフィールに書かれているように、音楽に対してもこだわりまくっている。

『水曜日のダウンタウン』のテーマソングは「水星(Roller Skate Disco Remix)」。tofubeatsの「水星」をPUNPEEがリミックスしたもの。PUNPEEはスペシャルのたびにオープニングでその回だけのラップを披露するなど、番組との関わりも深い。

そして「水星」の印象的なリフはテイ・トウワが手がけた今田耕司(KOJI 1200)の「ブロウ ヤ マインド ~ アメリカ大好き」からのサンプリング。

さらに「ブロウ ヤ マインド ~ アメリカ大好き」の元ネタはダウンタウンと坂本龍一が組んだGEISHA GIRLSの「Blow Your Mind - 森オッサン チョイチョイ キリキリまい」。

「水」曜日だから「水」星、さらにルーツを辿ればMCのダウンタウンに行き着く、という知らなくてもいいけど知ってるとニヤリとできるネタが隠されている。

こういうのに気付くと「ああ、このスタッフは信頼できるな」と思う。

本書の中では『クイズ☆タレント名鑑』や『チーム有吉』、『Kiss My Fake』のテーマ曲についてもそのルーツが明かされている。気になった人はぜひチェックしてみてほしい。

編集

そして編集。

プロデューサーとして番組制作を統括する一方、いまでも自分の番組の編集は自分で行うという藤井健太郎。

ロケ素材のどこを取捨選択するかという判断力・構成力もすごいのだろうが、視聴者としてはよく分からない。

番組を見ていて分かりやすく感じる編集のこだわりは、タイミング。藤井健太郎が手がける番組のSEとかBGMのタイミングは最高だ。

強烈に覚えているのが、『水曜日のダウンタウン』の「ハマダー生存説」。ようやくハマダーが見つかり、「ついにハマダー発見!」というテロップとともに浜田雅功(H Jungle with T)の名曲『Wow War Tonight』が流れる瞬間。

ドンピシャだった。スコーンとハマっていた。快感中枢を刺激された。

1/30秒までこだわった編集の結果だ。テロップの出し方も最高。

あのタイミングが少しでもズレていたら「ハマダー見つけた感」が3割減くらいになってしまっていただろう。

YouTubeとかにも動画があるかも知れないから探して見てみてください、と思ったけど、YouTubeは音ズレしてる場合も多いのでダメだな。

謎のタイミングで笑い声を足しまくって顰蹙を買った日本テレビ『The W』の制作陣には藤井健太郎先生の姿勢を見習っていただきたいところだ。

クリエイターでありサラリーマン

テレビ番組の制作者というとクリエイターとして扱われることも多いが、藤井健太郎は自分がサラリーマンであるということに自覚的。だからこそ、この本にはサラリーマンにとっても刺さることが書かれていると思う。

同じくサラリーマンである自分に響いた言葉をいくつか紹介したい。

100点が出せる仕事と出せない仕事

ADは100点が取れる仕事だが、ディレクターの仕事に100点はないという話。

ADは100点が出せる仕事です。指示されたことをきちんとこなして、言われていないことも少し先回りすれば基本はOKです。だけどディレクターの仕事には、どれだけ頑張っても100点はありません。

番組の制作は、絶対に出ない100点を何とかして取りにいく仕事だと思います。
P174

これはテレビの仕事に限ったことではないだろう。

新入りのイチ担当者であれば自分の責任範囲で100点を取ることはできる。しかし、マネージャーのような立場になったりすると100点満点の完璧な結果なんてありえない。いくらやっても「もっとできたかもしれない」と感じてしまう。

それでも100点を狙って努力し続けるべきだし、「考えて時間をかけたぶんだけ番組は面白くなると思っています」(P10)という言葉とおり、藤井健太郎は常に100点を狙っている。

本人は「僕自身はもちろん天才なんかじゃないし…」(P191)と語っているが、入社1年目で出した企画が通って2年目に「プロデューサー・総合演出・AD」という異例の肩書で『限度ヲ知レ』という番組を創り上げた藤井健太郎は天才にしか見えない。

天才(のように見える人)ですら、叶わない100点を目指し続けているのだ。

本書第4章のタイトルは「サラリーマンこそフルスイング」。お前は100点を目指してフルスイングしているのか?と問われている気分。

好きを突き詰める

全体を通して書かれているのが、好きなことを突き詰める、ということ。

例えば、クレイジージャーニーの演出を担当する横井雄一郎についてこんな風に書いている。

会社の後輩に横井というディレクターがいます。器用なタイプではないのに、以前は、好きでも得意でもないことにばかり手を出して、ダサい番組をいくつも作ってしまっていましたが、自分の一番好きな「旅」というテーマに立ち戻って『クレイジージャーニー』という、とても良い番組を作ることができました。

後輩なので若干言い方がキツくはなりましたが、要するに、やはり自分が好きなモノ、興味のあるモノ、得意なところで勝負していくべきだということです。
P21

『水曜日のダウンタウン』を観ていて感動してしまうのは「リアル・スラムドッグ・ミリオネア」や「モノマネ芸人アテレコ」みたいな構造から考えられた企画。

そういう企画が視聴者を感動させるほどのクオリティなのは、藤井健太郎自身が構造で遊ぶのが好きだからだ。

「悪意」や「こだわり」が特色としてあらわれているのも、藤井健太郎が本当に好きで得意な「悪意」あるナレーションや細部への「こだわり」で勝負しているからだ。

本文の最後の締めくくりは次のような文章。

本当に好きなことでしかその人の最大のパワーは出ないし、本当にやりたいことで突破していかなければ、そこに未来はありません。
P212

刺さる。

さいごに

またダラダラと書いちまった!

なんか長々と書いてしまったが、『悪意とこだわりの演出術』にはまだまだ書ききれないほどの「悪意」と「こだわり」が満載。

入社2年目、24歳にして担当した『限度ヲ知レ』でツテを辿って構成作家・高須光聖に声をかけた話が書かれていたり、2017年の年末にようやく実現した『カイジ』のテレビ版を「思いついたときに絶対通ると思った企画」として挙げていたり、見逃せないエピソードが盛り沢山。

興味があれば読んでみてください。

なお、Kindle版では、元TBS枡田アナのコラム、有吉弘行との対談、カバーを外した表紙にプリントされていたおまけ(PUNPEEエクスクルーシブ音源)ダウンロード用QRコードがカットされているのでご注意を。

悪意とこだわりの演出術
藤井 健太郎
双葉社
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